○半分地下街(序章)

「まったく、なにをやっているんだか。」
どういうわけだか、2時間半も自転車をこいでどこにもたどり着かない、いや正確にはどこかに着いているのだろうがここがどこだかわからない。参った、腕時計を見てみると時刻は午前3時。まずい、早く家に帰らなければ。先輩には悪いことをした、明日の朝に謝れればいいのだけれど。


時は3時間半さかのぼる。


何してたんだ?俺?
そうそう、そういえば先輩に飲みに誘われたんだっけか。
ありゃ、汚い居酒屋だったなあ、こんな店が美味いんだと得意げに言いながら暖簾をくぐった先輩だったんだが、焼き鳥は所々焦げていたし、揚げ物は油くさくて閉口したよ。
まあ、飲みなんてのは、食いもんが何であれ特に問題があるわけでは無いのだが。
最初は当たり障りの無い仕事の話。それから恋愛話を話していたら、先輩が徐々に弾けだして。なんだかんだで先輩のボルテージがマックスに、得意の男女論・恋愛論が炸裂して、「男は女の尻にしかれるのが自然だ、自然の摂理だ、むしろ敷かれたい。」あたりだっけ。
なんだか、店の奥の扉が気になったのだ、そう、べつに理由は無いのだが、先輩の話を半分耳に挟みながらも、俺は店の奥の古ぼけた開き扉に気が散ってしまっていた。
その古臭い扉が気になってなんだかいても立ってもいられなく、トイレに行くついでに中を除いてみようとしただけだ。それで、そう、そういえば落ちたんだ。俺、落ちた、落下した。汚い提灯の飲み屋の奥、扉を開けたら深い穴だった。


ま、深い穴というより建設に失敗したのだろうか、身長よりちょっと高いぐらいの段差が待ち構えていた訳だが。


参ったね、怪我はしなかったもののちょっとばかり入り口が高くて登ることも出来ず、声をかけても店内は騒がしくてどうにも気付いてくれない。が、今思えばここで落ち着いて誰かが気付いてくれるのを待っていればよかったのだ。だが俺はトイレに行きたくもあったので、どうにかして地上に上がり店内に戻ろうと考えた。
それがいけなかった、そう、俺はあっさりと迷ってしまった。


ここで予断めくことにする。まあ、そう遠い話では無いさ。
この時代、増え続ける海外移民により拡大し続ける都市人口を吸収すべく最初の地下居住区の建設が始まってから数年が経ったころ。建設技術の発展と共に、国、県、市、各区が地下街建設ラッシュに沸いていた。地上では環境問題の煽りを受けて打ち止めとなった公共事業費の勢力図を争うように、各々の地下の乱開発を繰り返した結果。結局現在の有様に落ち着いた。といっても民間業者の開拓はまだまだ終わってはいない、高層マンションの建築ラッシュが終わって一息ついた建設業界に、新たな命綱として未来を託された地下建設事業。登記制度が変わって誰の土地でもなくなった地下を我が物にせんと血眼になって開拓を続けている。
おかげでどこがどこやら、住所も無ければ地図も無い、さらに建設省の地下階層に関する基準と区や市の建設局の基準がばらばらだから、県の建設した地下4階が国の建設した地下2階だということもざらであり、全くわけがわからない。


当初、俺はどうやら国が建設した地下街にいたようだった、天井が非常に高く清潔感溢れる地下街。電光も見事に輝いており、恐らくショッピングモールだろう、人々の行き来が激しい。この分だと地上に出るのも苦労しないな、とたかをくくったのが間違いだった。


ほどなく階段を見つけて登ったのだが、どうにも出口にたどり着かない、どうやら地下から駅ビルの中に上がったらしいのだが、外に出る出口が見つからない。
標識には駅名と方向が沢山書いてあるのだが、これがまた、出口に関する表記がない。
バス停の標識を見つけてバス停なら外にあるだろうと向かったのだが、これが地下に逆戻り。
地下バス停なんて反則だ、排気ガスはどうするんだ?


どうにもこうにも、この時点で40分が経過、先輩は先に帰っただろうかと携帯電話を見るが電波は入らず、変わりに近くの歓楽街のコマーシャル短波を受信し続ける、うんざりして電話をしまい。
出口を探したのだがやはりどういうわけだか深い迷宮に紛れ込んだかのように出口が見つからない。道行く人に聞いては見るものの、日本語が通じない。ベトナム語やら中国語やら、翻訳辞書は持ってきていない、英語なら少しは出来るがそんなものものの役には立たなかった。
そうやって、迷っているうちに飲み屋に帰還することはすっぱり諦めた。


そろそろ、帰って寝なければならない、明日も仕事があるのである。


といっても、営団地下鉄はとっくに終電を向かえてしまい、二十四時間営業の地下路面電車は地名が不明でどこに向かうかわからない。(梅田市4−b南通り行き)なんて書いてやがる。俺は決心して近くにあったコンビニで地図を買い、となりの自転車屋をたたき起こして自転車を調達。地下迷宮の走破に向けて旅立ったのである。腹の立つことに自転車屋の親父は代金をドルで払えなどと抜かしやがった。

(長くなってきそうなので続きはいずれ)