○戦線は膠着中2

戦線は長らく膠着中である。


私はゆっくりと腰を降ろした、定時連絡は問題なく終わり。後は無音の草原が広がるばかりだった。
私がこのような地に流されたのは私が中央での権力争いに敗れたためである。
恐らく、私はこの地の果てで5年は耐えなくてはいけないだろう。臥薪嘗胆とはよく言ったものだが。
私が5年後に中央に戻ったところでそこに私の居場所があるだろうか?答えはノーである。
当然だ。一度脱落したものがまたやすやすと登れるほど容易いものではない。


しかし、まだ私には希望があるかもしれないのだ。
諦めるわけにはいかない、まだ。


どうやら交代期でも無いのにふらふらと現れた新入りというのはこの何もかもが退屈な西部戦線において格好の暇つぶし材料だったようである。当初は、私に関する様々な噂が飛び交っていたのだが、目ざとい奴がいたのだろう、私に関する的確な情報を皆が手に入れたようだった。
わたしは一介の歩兵ではあるものの、中央出身者ということで知れ渡ってしまい、おかげで、もみ手で現れる先輩がたが私の元に沢山現れた。
だが、人員配置やら、人間関係やら食事やら様々な愚痴を聞かされても、私には何もしてやることも出来なかった。当然だ、私は唯の監視員であるのだから。
そうやって私が沢山の期待を裏切っているうちに、彼らは私が無能であるということで落ち着いたらしく私に何か頼もうとする奴はいなくなった。


なんだか、人の期待を裏切るのはとてもさびしい気がする。それがどんな理不尽なものであっても。


というわけで、私の友人は夜間警戒班の面々ということになった、中央にいながらろくな人脈を築くことが出来ずに流された私らしい有様だ。


で、こいつらがまた使えないのである。好奇心旺盛というか、気ままというか軍人に好奇心など一番不似合いな代物だというのに。もし私が上官なら苦労するだろうなあ。


私は見張り台まで登って来た連絡員に連絡帳を手渡した。
「今日は随分と長丁場だったなあ。」
私は「全くだ」とつぶやいて見せた。連絡員は薄ら笑いながら心底うんざりした顔で連絡帳を受け取った。彼はこの後、数キロ歩いて対して意味の無い連絡帳を司令部まで届けるのだから、私の苦労などたいしたものでは無い。


私は連絡員を見送った後、警戒任務を放り出して眠りに着いた、明日には土木作業が待っている。
そうさ、そっちの方が遥かに重要任務で、私は明日に備えなくてはならない。


私は夜空の星を数えるなんてここに来て三日で飽きてしまったのだから。


「なあ、本当に敵が来ると思うか?」


次の日の正午近く、我々は目下の生命線、ジャガイモ畑の拡張作業にいそしんでいた。私が如何にジャガイモを上手く植えるかと思案していると。黒い軍服をぼろぼろにしてすっかり肉体労働者の顔をしたフクオカが私に話しかけてきた。手には掘り起こした石を抱えている。


「さあ、いつかは来るんじゃないのか?」


私は雲一つ無い晴天に顔を上げ、考えるフリをしてみたのだが、実は何も考えていなかった。
敵、すなわち鬼達の存在を考えると気が遠くなる。
何しろ、500年余りも姿が見えないのだから。


「俺はいつも考えている、この戦線の本当の意味を。」


フクオカはそういいながら手に抱えた石を放り投げ、その両手を見つめている。
いかん、目がマジだ。あんまり退屈すぎて何かに取り付かれたのだろうか?


「あんまり、根をつめるなよ」


私はフクオカにそう声を掛けてジャガイモの植え付け作業にかかった。
おそらく、この戦線においてはそういう疑問を持つべきではない。
もし、フクオカが思案し続けたとして、運良くその意味を知ることにでもなれば、彼の身はえらいことになると予想できる。


頼むから、例えその秘密に気付いたとしても私には教えるんじゃないぞ。私は自分の植えているジャガイモがメークイーンなのだろうか、それとも男爵なのだろうか?と予想しながら独りつぶやいた。


その日もつつがなく農作業は終わり、夕陽が沈む前に兵舎に戻ろうと私は家路を急いでいた。
晩飯は恐らく野菜汁だ、兵舎から漏れ出た香りが私の足を速める。


今日はヤマグチが夜間警戒の担当である、私には寝る食うという最高の娯楽がまっている。
遊ぶ場所は皆無だが、私の体は既にくたくたでたとえ遊べると言われても即座に睡眠を選ぶだろう。


夕食の時、フクオカとアキタが私の部屋を訪れたいという。
予想されることであったが、私は彼らの暇つぶしに付き合わねばならないらしい。
まったく、フクオカはともかくアキタまでが来るとは。
これで私に部屋を綺麗に片付ける、という労働があっさり追加されたのだった。