■半分悪夢
今日はいつもより早くに起床したので朝食を食べながらつらつらと目覚ましテレビを眺めていると、ちょっと気を惹かれるトピックスが飛び込んできた。
どうやらレポーターが群馬県高崎市にある厚生省の生物工学研究所にお邪魔するという内容のようで。
私は味の無いトースターをかじりながら。
「ふむふむ、生物工学研究所とはまた珍妙な。」
と一人ごちた。
どう考えても朝っぱらからやるようなネタではないし、どちらかというとこういうのは教育テレビのお家芸ではないかなあ、とか考えながら。しかし私はちょっと生物工学研究所が気になったのでチャンネルを変えずにボーと見ていた。
「スタジオの後藤さーん!私はいま群馬県高崎市の生物工学研究所に来ていまーす!」
朝っぱらからやたらとテンションの高い若い姉ちゃんが出てきた、そもそも目覚ましテレビのキャスターって後藤さんだっけか?などとぼんやりしているうちに。レポーターの女の子は果敢に研究所に突入していくのである。
「今日は最新の生物工学の現場を皆さんにお伝えしちゃいます、こちらが生物工学研究所所長の羽田さんです。おはようございます!」
「おはようございます、私は羽田です。」
おっさん、緊張しすぎだろ。綺麗にアイロンがかけられた白衣を身に付けた人のよさそうな初老の男は、こわばった顔のままぎこちなく頭を傾け挨拶した。手が震えてるぞ。
「羽田さん、ここは一体何をするところなんでしょう?」
「ええ、じつはですね、私達はこの研究所で生物工学の研究をしているんですよ。」
「じつは」も何も、さっきその話は聞いたぞ。あんたの横の姉ちゃんから。
「では、早速ですが羽田所長の最新の研究をすこーしだけお見せしちゃいます。
「まず、後藤さーん、これがなんだかわかりますかあー?」
そのとき、唐突に、私は言葉を失った、、、なんだ、こりゃ?
テレビ画面には羽をむしられた鶏のような不恰好な四本足の生き物が写っている。
高級そうな長方形のケージの中で、肌色でつやの無い肌をした奇怪な生き物がボトリと置いてあった。なんだこれ?わかるわけがない。
やはりスタジオの後藤さんも何かわからないようだ。
「なんでしょうねえ、ワンちゃん?」
違うだろ、こいつには頭がない。
私は画面の右上に写る時計を確認した。7時26分まだ会社には十分間に合う、もう少し見ていよう。
「ぶー、はずれえ」
だろうな、
「実はこれ、後藤さんなんですよ。」
は?何言ってんだこいつ?私には意味がわからなかった。
「といってもー、正確には後藤さんの遺伝子とニワトリの遺伝子を配合したものなんですよー。」
ん?私はとりあえず聞き流してから、少し戸惑った。え?いや、こんなことってあるか?
遺伝子やらクローンやらの研究はよく聞くが、そんな話しは聞いたことがない。何時からこんなことが可能になったのだろう?それってかなりまずくないか?とか思っていたら、やっぱりスタジオも凍り付いていた。後藤さんは目がまん丸で静止したまま動こうとしない。
「後藤さぁん、後藤さぁん、びっくりしましたぁ?」
「え?ちょっと、それ本物ですか?」
後藤さんは事態の深刻さに気付いたようだ。画面の左下にのちっちゃな画面越しにもその狼狽振りが伝わってくる。生放送にもかかわらず露骨にADに指示を出している。
「羽田さんはこの研究に6年も賭けたんですよ。」
「ええ、この研究にの一番難しかったところは遺伝子の知性を失わせずに、配合をするところなんです。」
後藤さんの狼狽をよそにレポーターは淡々とレポートを進め、羽田所長は得意げに解説をしている。
「この新しい生物には知能はありませんが、知性はあります。これが意味するところは」
「ではまず、後藤さんを起こしてみましょう。」
「はい、さっそく、後藤さんを起こそうと思いまーす。」
「やめろ!俺の名前を呼ぶんじゃない!」
後藤さんは明らかに混乱しスタジオで怒鳴っているが、レポーターの女の子にはまるで何も聞こえていないらしく「後藤さん」を起こそうとする。
「もしもーし、ごとうさあーん、起きてくださーい」
「やめろお!!山口、起こすんじゃない!」
後藤さんの怒号が響き番組は大混乱の様相を呈していた、レポーターの女の子は山口というらしい、山口さんはまったくスタジオの後藤さんにはかまわず手に持った白いスティックのようなものでケージの中の「後藤さん」をつつき続けている、何がなんだかわからない。
後藤さんの悲痛な叫び声は途絶えることなくその怒号で音声が割れている。
ケースに入れられた「後藤さん」はいくらつつかれてもピクリとも動こうとしない、だが、怒号が飛び交う混乱のさなか、気味の悪い叫び声がテレビから発せられ、私の頭の中に響き渡った。
まるで、この世の全ての不幸を経験したかのような情けない、哀れな、悲哀に満ちた慟哭。
「自分が生まれたことを知っている」この声。
その声はまさしく「後藤さん」の声であった。
と、私はここで目が覚めた。ほんとに嫌な夢だったなあ。(これは実話です)