○[戦線は膠着中]3

というところで、我が部屋に集まったのはフクオカ、アキタ、オカヤマ、ツシマという非番の夜間警戒班の面々になった。
どういうわけだかツシマが顔を見せたのは何故だろう?まあいい、それでこそ、昼の労働の疲労を押して散らかった部屋を掃除したかいがあるというものだが。


こいつら、部屋に酒など持ち込みおってからに、これではまた掃除する羽目になるではないか、まあ、当然のように予想されたことではあったのだが。
部屋に入るなり即席宴会となるのはいつものことだ、我々が赴任したこの最僻地には娯楽が無い、むしろ何も無いといっってもいい、結局のところ酒盛りか浮いた話かという二択に至るのは至極人間的ですがすがしい、もちろん、両面供に軍務規程違反である。
とはいっても、この何も無い、何も起きない、特に意味も無い西部戦線においては頭を無理に押さえつけても反抗心ばかり煽るだけで効率が悪いこと甚だしい。故に上も黙認。
むしろ、この地で結婚し、子をなし、定住することを口には出さないがやんわりと薦めているのだからなにがなにやら。
生まれも育ちも戦場、という不幸この上ない生い立ちが無邪気な顔をしてそこらを走り回っている。


とかなんとかいっているうちに楽しげな宴会はさくさくと進んでいる、若いというのは素晴らしいことで浮いた話、というか話題らしい話題はそれぐらいしかないのだが。まあ、男と女はあーだこーだで盛り上がるのである。


しかし、ツシマはそういう話には興味が無いのか窓口で夜空を見上げぽかんとしている。
何しに来たんだろ?
オカヤマは合い方(丁度今、軍務に服しているのだが)との華麗なるロマンスを笑われ、悔しそうに歯噛みしているが。
実にうらやましい限りである。ここは同じく一人身のフクオカと腹立ち紛れに共同戦線を張ってはやし立てることになった。アキタはからかう我々に組しようか、孤立無援の幸せ者に助太刀しようか迷っているようだった。
こんな貧弱な戦闘しかないのは素晴らしいことだ、と私は本気で思っていた。


昔、といっても1ヶ月前だが。私のいた場所はもっと混沌としていた。もっと殺伐としていた。もっと真剣だった。
やはり、当時も私の周りには役に立たない者達が集まってきたが、彼らは優しい言葉はくれても、彼らが私を実質的に助けたことは結局一度もなかった。しかし、もし彼ら昔の仲間のうち誰か一人が私と同じ立場になったとしても、私は冷徹に見捨てただろう。あの場所では誰も彼も自分の役割を演じきることだけで精一杯だった。
登る階段は高く遠く、容易にはいかなかったし、替えはうんざりするほど沢山いた。
元々戦争という行為の無い軍隊なんざ無用の長物で、有能か無能かは世渡りの才とほぼイコールであった。また、誰も彼も戦争を知らない世代であるので、軍の役割は自ら抱えた数万の軍隊をいかに上手く運用するか、というところに目的が問われるのだった。
もちろん、軍隊が全く不要であるということでもない、まあ、現在は災害救助が主な仕事となってしまっているが、私が生まれる前には反乱やらなんやらで随分と荒れたらしい。
そういう事態に対処する為には必要なのであろう。軍人としてはそう信じたい。


そして我が国が唯一敵国と面しているのはこの西部戦線だけである。敵兵は、いまだ見えない。


宴もたけなわとなったころ、ツシマを覗く4人が酒に溺れたころ、オカヤマの恋人が夜空にため息を吐いたころ。フクオカが話を切り出した、どうやら本日の本題がようやくやってきたようだった。


「なあ、鬼の国ってあると思うか?」


フクオカはやや気まずそうに口を重く我々に問うた。
ここでは鬼の話はタブーである、ここに来た当初は皆が話のネタに怪談様様、盛り上がるらしいが。ここで延々と無意味な作業を繰り返しているうちにだんだんと触れたくなくなってくるとのことだ、人間には目的の無い作業は苦痛でしかなく、「鬼」の話はその無意味さをことさら露にするため。今日、明日、を生きる我々には遠大な目的の推測など不必要で不快な話題であるらしかった。
私はここに着任して1ヶ月目なのだが、ここにいる私以外の者は既に一年をゆうに越えている、彼らの表情が硬くなるのは仕方の無いことかもしれない。


「で、そりゃあ、どういう意味なんだ?」


私はこの重い空気に切り込んでみた。
私は多少興味をそそられたのだ、一人遅れた私にはその手の話をする機会がなかったためだった。


「むしろ、私は貴方の意見を聞きたいのだけれど」


アキタが口を挟む、私としては言うべきことは何も無いが。
フクオカも私の話を聞きたいようだった。
私は言葉を、無い言葉をつむぐ羽目になった。


「正直に言ってここの連中を悪く言うつもりは全く無いけれど、中央ではこの戦線は既に忘れられている。皆こんな僻地なんか頭にまるでない、自分の保身で精一杯だ。この戦線の認識つっても昔話程度だし、、唯言えるのは、中央の下っ端は皆、この西部戦線は戦線を維持することが目的だと考えている。もしかしたら上の方は違うのかもしれないけれど。。。」


そこで私は言葉を濁した。言えない秘密があるわけではなく、自分の暗愚に言い訳にも似た自嘲じみた言葉、ただ期待に添えない、自分の無能を恥じた言葉であった。


「そう、」


アキタは言葉を区切った。声色から失望しているわけではないようだった。


「僻地ね。なあ、この話は止めにしようぜ。」


オカヤマがうんざりした声を上げた、どうやら私の言い草が気に食わなかったらしい、「忘れられた戦線」「戦線を維持するのが目的」そして「僻地」確かに言い過ぎた。最初に言ったように、ここにいる兵士達を馬鹿にするつもりはさらさらなかったのだが。


「まあ、そういわずちょっと聞いてくれ、確かに此処は僻地だし、それを否定しても仕方ないだろ。」


即座にフクオカが上手く取り持った、オカヤマがゆっくりと目をつぶり酒を煽る。
フクオカは真面目な男だった、真剣に真面目に問題に取り組む男だ。こんなところにはもったいないぐらいだった。その真剣さがこの何も無い戦場では目的もなくさまよい、厄介な一つの思考をぐるぐるめぐっているようだった。私はそれがとても危険な思考の回転のように感じた、ただ肌で感じた、どれがあながちハズレではないことに気付くのは随分後の話であった。


「鬼の国なんてあると思うか?」


フクオカはさっきよりはっきりと声に出して問うた。
長い沈黙の後、しかし、誰も答えなかった。
誰もが考えてはいけない命題だと感じていた、だが、フクオカはまっすぐに真面目だった。


ツシマは我関せずと窓辺で空を見上げている、月は落ちてきそうなほど大きかった。