○そのとき私は。[作文]

6月29日午後2時10分
とびっきり若くてかわいいバイトの女の子を雇った精肉店の店主、大塚省訳(30才)が
「ほーら、ドラキュラだぞぅ。」
「ヤーだ、店長なにやってるんですかぁ?」
などと言いながら、捌いた牛肉を口に含んで血をだらだらとたらしバイトの女の子をからかっていた。
一過日午前4時43分
精肉店の店主は息を引き取った。死因は腸炎と敗血症の合併症からの腎不全。


6月29日午後3時30分
勤続13年目の銀行員、山下健吾氏(37才)は突然怒鳴り込んできた中年の男に唖然としていた。
「かね、だせ。ふくろ、つめろ。」
片言の日本語を話しながら金属製の狂気をチラつかせて大仰に怒鳴り散らす男は、せわしなく周りを見渡している。誰もが呆然として身動きせず、行内は驚くほど静まり返っていた。
山下は床に伏せるフリをしながらきっちりセキュリティスイッチを押し、帽子を目深に被った男の顔を覗き込んだ。
「あ!にいさん。」
「え?、、けんご?」


6月29日午前10時ちょうど
親の遺産で独自の研究を続けていた無職、斉藤靖男(56才)が携帯電話の開発に成功した。


6月29日午前5時24分
アトランティスオオカブト(1才4ヶ月)は朝の散歩から帰宅する途中だった。
デベロッパ、ほんぱった、カルパッチョ、」
突然彼は大きな手にわしづかみにされて乱暴に籠の中に放り込まれた。すこしばかり驚いたが、彼はすぐに状況を理解した。
「ふむ、これが噂の島国に送りか。」


6月29日午前4時2分
策敵任務中のアメリカ軍第3歩兵連隊隊員ジョン・フラッド(24才)は連日の激務に疲労困憊し、廃墟の壁を背にうたた寝をしていた。
丁度すぐそばに敵のゲリラ兵が隠遁しているなんて夢にも思わなかった。
「mmh,I can`t eat anymore . I am satisfied with anyfood.」
それが彼の遺言になった。


6月29日午後8時50分
太平洋沖マリアナ海溝深度3,000m地点、深海探査船「しんかい6500」に搭乗中の乗組員、大槻なぎさ(30才)は先ほどから目の前に繰り広げられている光景を全く信じられずにいた。
「あかんがな、そんなんやからおまえはいけてないっちゅうねん。」
「せやかて、わしかて生活っちゅうもんがありまんがな。」
どうやら漫才の練習をしているらしい。
それだけは理解できた。
彼女は幾数分迷ったが、洋上の母船への定時連絡には「問題なし」と報告した。


その頃、私は鉛筆を使っていた。